映画みてます 2

今日は台風だったこともあって、またAmazonプライムで映画鑑賞です

実は今になるまで「タイタニック」を見たことが無かったので、鑑賞。さぞ泣くかと思いきや、あまり泣きませんでした。
でも3時間はあっと言う間で、上手く作ってあるなー・・・さすが人気があるもの解る!と、思った次第。

マディソン郡の橋に癒され、グラン・トリノにじんわり感動。なので、やっぱりイーストウッド作品を観ようと思い、今回は「硫黄島からの手紙」を鑑賞しました。

「硫黄島からの手紙」は、上映された2006年(・・10年前や・・)に、映画館でみました。
映画をめったに観ない方だったのですが、これはめずらしく映画館で鑑賞。映画を観ない理由は、ただ・・「それより休んでいたいから」とかの肉体労働による疲れが原因だった・・と、今になって思います。

私は、当然ながら戦術とかWW2には詳しくないのですが、司馬遼太郎が語る戦争についてはよく読んでいたので、なんとなく太平洋戦争の流れは解ります。

しかし、劇中にもありますが、アメリカと圧倒的な物量の差があったのに、どうやって戦争に勝つつもりだったのかなぁと思ったり。
硫黄島司令官として着任したばかりの渡辺謙演じる栗林中将。それ孫子の兵法?っていう策を、あっさり中止させるところからお話が始まります。

当時、(大恐慌があったとはいえ)アメリカじゃ、世界で初めて生きるため以外の「娯楽の消費」を謳歌していて、車でドライブ女性はおしゃれ。アメリカに駐在しアメリカを知っていた栗林中将は、アメリカを相手に戦争するのは圧倒的に不利と知っていて、作戦を練るわけです。

お話は、私のつたない文章より、いろんなレビューがあるので、そこらへんをご参考にしてください。

初代マクロス世代って、だいたい10年くらい開きがあると思うのですが、私はちょっと歳をとった方かなと思います。まだ戦争を経験した世代が生きていた時代に幼少期を過ごしました。
「硫黄島からの手紙」を観て、ちょっとうろ覚えだけど、私が聞いた戦争の話を書いてみようかと思ったのです。


私の母方の祖父は早くに亡くなりましたが、母が祖父の話をよく覚えていてました。父も8人兄弟の末っ子で、父が聞いた戦争の話も、私に話してくれました。(そういえば、双方の祖父は明治生まれ・・・)

これは母から聞いた話。
よく、旧日本兵の立派な話を、聴くことがありますが、確かに立派な兵隊さんもいたのでしょう。
しかし、戦争に勝って(日中戦争の事かなぁ・・)帰ってきた兵隊さんは驕り高ぶり、老女にまで悪戯をした・・とか。死んだ人を悪く言うのも嫌だけど、色んな人がいたって事でしょう。
母は、祖父に連れられて山に登り、町が燃えている火あかりを、祖父と一緒にみたそうです。とても辺鄙な町ですが、こんな地方都市まで空爆があったのですね。

父の姉は、従軍看護師として南方に行って亡くなりました。伯母は軍属ではなく、病院看護師だったのに、戦争に行ったらしいです。伯母の友人が南方から引き揚げてきていて、ハガキをくれて、伯母が亡くなったことを知らせてくれたそうです。祖父はハガキの住所のみを頼りに、東京まで伯母の友人に会ったそうです。死因は餓死だったと。
まだありますよー
病院勤務なんですが、私が入職したての頃は、戦争を知る世代の方々がまだ結構生きていて、患者さんとして接する機会がありました。
特攻隊になったはイイが、飛行機が無い。だから、材木で戦闘機を作って飛行場に並べた。でも飛んできたアメリカの爆撃機は、そんなものに無駄に爆弾を落とさなかった・・とか。その方は「負けるはずや~」と笑っておられました。その飛行場ってのは、今でも陸上自衛隊の飛行場があるのですが、その町への空爆も壮絶なものだったらしい。

しかし、映画にもあったけど、「大和魂」だけでは勝てない。今でも、見えない圧に押しつぶされて、「頑張る、やればできる」と効率を無視した考え方、「現代の大和魂」があるようにも思う。

私とかアラフィフ世代は、専門職にも関わらず「見て覚えろ」と言われた最期の世代だと思う。人の命に係わることなのに、なんで教えてくれないんだろう・・といつも思ってました。これも「大和魂」の名残だったのだろうかな。

病院とかで働くにしても、やればできるじゃなくて、基礎教育をしっかり行い、専門家は専門家として育て、誰がやっても同じような質を維持できるシステムを作る・・べきと思う。運営する側は、「やれば出来るからもっと頑張れ!」とか「私がいなとダメなの!」じゃなくて、ある程度の自動操縦ができることを考えるのが、質を維持することにつながると思うのだけど・・なぁ。いつも怒られてばっかだけど。。

平和を維持するのも同じかと思う。平和と国防の基礎教育の充実と専門家の育成強化。客観的な歴史観の研究と、あらゆる分野の研究と実践。そして兵士の質に関係なく一定のレベル維持できるシステムを作る。
まあ、素人考えだしそれが出来たら…って話しだろうけど…。悪徳商人のような外交も必死でやって欲しい。(取り敢えず、地球の真ん中で平和を叫ぶのもヨシとしよう。いろんな考えがあっていいし・・)

栗林さん的な大和魂を維持しながら、それを行うもの可能ではないか・・とか考えてしまった、映画鑑賞でした。

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2017-08-08 : 未分類 : コメント : 3 :
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あ、ジャッキーさんにもう一言・・
それにしても・・・クリント・イーストウットの作品って、やっぱり静かですよね。
あの壮絶な戦闘シーンでも、なにか静か。なんというか、余計な情感などの・・今でいう「盛る」感じが無いからだと思います。
色調もおさえてあって、残酷と言うより、記憶の奥と言った印象です。

日本語が解らないのに、本作を監督をされたそうで、スゴイ・・!でも、俳優の言葉がやや聞き取りにくいのが難点です。

あの音楽も良かったな・・

冒頭に出ている、硫黄島戦没者慰霊碑の起筆は、「岸信介」安倍首相のお祖父さんですね
2017-08-08 22:24 : michy URL : 編集
Re: タイトルなし
ジャッキーさん

いつも素敵なお言葉をありがとうございます。
私が小さいころ、神社仏閣の前に「傷痍軍人」と呼ばれる手足の一部が無い方々がいて、寄付を募っていたのを思い出します。
私の弟も覚えているので、確かだったと思います。

お母様やお父様の体験も、本当に悲しいですね。きっと、日本中の人々が今でいうPTSDの状態だったと思います。でも今と違うのは、PTSDだからといって、悲しんでいたら生きて行けない。だから生きるための色んな苦難があったのだと思います。おっしゃっているように、お父様の家族をまとめることが出来なかったことも。
誰も悪くないと思います。うちも、家族団らんなんて無かったです(^_^.)案外そんなものかもしれません。

沖縄戦や東京大空襲、原爆が話題になるけど、こんな田舎まで空爆されたのだから、日本中が空爆されたって事なのだろうと思うのです。そのあたりを専門的に研究している人もいらっしゃるのでしょうけど・・。
消えそうな想いを、残していけたらな・・と、思います。うーん・・どうやって・・
2017-08-08 22:15 : michy URL : 編集
"硫黄島からの手紙"は好きな監督の作品といえども、戦争の残虐さが耐えられず...
怖くてみていられないと思いつつ、目を逸らしてはいけないと決心して観ました

michyさんのご先祖様は心が潰れてしまう悲しみを、戦争で受けてしまわれたのですね...
悲惨のあまりまるで映画のようですが、実際にあったこと...ご冥福を祈ります

私の両親も太平洋戦争を幼少期に体験
母の兄は11歳で、不発弾が突然爆発した為に命を落としたのを目の当たりにしました
白い着物に替えてもなお、真っ赤に染まった兄を祖母が抱きしめていたのは当時3歳の母の記憶に鮮やかなのです

父は広島市から疎開しており、原爆の被害は受けませんでした
ただ、命にかかわることではないにせよ、疎開のため家族はバラバラ、"家族の団らん"を知ることない小学生で、その経験から家庭を持った際、家族をまとめることが出来ず家庭を省みない大人になっていました
(疎開した人が全員そういう大人になった訳ではないのですが、いろいろ教えてくれる大人がいなかったり、皆生きるのに必死だったのでしょう)

戦争は誰の心にも傷を残します
死と破壊を意味するからだと考えています

かけがえのない家族を大切に思うことは
子どもが平和を考える時のきっかけの一歩かもしれません
8月は原爆投下日と終戦記念日があり、時には戦争について孝え、心に留めておきたいです
とりとめのないことを書き綴りました
衝撃を受け未熟ながらも何か言葉を掛けたいと思い、長くなり失礼しました
2017-08-08 07:04 : ジャッキー URL : 編集
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